第66回アニメスタイルイベント「芦田豊雄の素顔を語る!?」 レポ4(完)

2012年1月11日(水)19:30〜 新宿LOFT/PLUS ONE
出演者:神志那弘志さん、吉松孝博さん、わたなべひろしさん、大徳哲雄さん、小黒祐一郎さん(司会)
記憶のみで書いていますので誤りなどもあるかもしれませんがご了承ください。発言者名がない部分はどなたのか忘れたところです。一部敬称略。ここだけ牙のタグも付けます(イベント終了後の部分しか関係ありませんが)。 →レポ 1 / 2 / 3

第2部 芦田さんと作品を語る!?  続き

セル画紛失事件
何の作品の話だったか忘れてしまいましたが「決めポーズの原画ばかりが紛失していたことがあって」「小黒:それはマニアが盗んだ?」「いや、その紛失したのが翌月のアニメージュに掲載されていたんですよ。どうやら進行さんが編集に渡して、そのまま戻って来ていなかったみたいで」 別の作品でも描いた原画が見当たらないと描き直したところ、数ヵ月後に自分の机から発見されたようなこともあったとか。「吉松:アニメ業界あるあるですよね(笑)」
繊細な線
「傍から見るとそんなに速く描いているようには見えないのに、上がりが早いんだよね」「左手に鉛筆、右手に消しゴムを持った二刀流だから」「でも、消しゴムもほとんど使ってなかったよ。薄くアタリを取る程度で、あとはもう本番の線をさっと描いちゃう」「芦田さんのラフらしいラフって見たことがない」
芦田さんの原画(イラストではなく、原画動画のほうの)の線はとても細くて、トレスが大変だったとのこと。「神志那:原画を持ってきていればここでお見せできたんですが……」 それは見てみたかったなあ。回顧展でも展示されてなかったですもんね。
キャラ表を見て描くな
「吉松:前にも話したんですが、新しい作画班がローテーションに加わると、当然だけどキャラ表を見て描くじゃないですか。それを芦田さんは、キャラ表見て描いてる、と怒っていて(笑)」「1話の時点でもうキャラ表とは絵柄が変わっていたりしますからね」「なので、作監修をコピーして作監修正集を自分達で作って、それを参考にしてやってました」
『ワタル』 1988年 キャラクターデザイン・作監
とある日、芦田さんから誰が描いてもそのキャラクターだと分かるような髪型の少年アニメを作りたい、という話があったとのこと。「その後、OUTに『TOMMY』の企画が載ったんだよね」「TOMMYが原型なの?」「髪型が似てるからそうなんじゃない?」「マネするには特徴があっていいのかもしれないけど、作画する側にとっては描き辛い髪型でした」
「わたなべ:鳥の人(クラマ)は最初どうやって振り向かせようと思ったけど、002を描いていたので大丈夫でした(笑)」「クラマは結構女性に人気有るんですよ。人型になると人気落ちるけど(笑)」「シバラクの設定も、正面と側面では明らかに食い違ってるんですよ。正面だと首が体に埋まっているから振り向けないよ!みたいな」「頭身も髪のボリュームがある分、バランス取り辛いんですよ」 ワタルが腕をあげた時に肩のプロテクターがどうなるのか、龍神丸をどうひざまずかせるかなど、『ワタル』は想像力を働かせられる人じゃないと作画するのは難しいよね、と。
「小黒:『ワタル』のサブキャラクターのデザインは皆さんでやってたんですよね? サンライズから毎週送られてくる設定資料でも、『ワタル』は凝ってましたよ」「なるべく早くデザインをあげて、脚本やコンテに影響を与えたいというのがありましたね」
「小黒:ライブに女性社員が増えた作品でもありますよね」「そうですね、大体バイファム世代かワタル世代か、みたいな」「小黒:ちなみに、亜細亜堂だと忍たまファンが多いらしいですよ」 
グランゾート 1989年 キャラクターデザイン
キャラデザインは一旦別の人で決まっていたが、イメージが合わず芦田さんにお鉢が回ってきたとのこと。『ワタル』からの流れで最初から芦田さんと決まっていたのだとばかり思っていましたが、そうではなかったのですね。
『ワタル』や『グラン』のEDのダンスの動きは松下浩美さんのアドリブ。松下さんの原画は1枚1枚で見ても良く分からないが、動かしてみるとすごい、動きが上手いと。大地のオデコは松下さんに似ている、とも(笑)。私が作監さんで意識したのは『ワタル2』の松下さん最初のような気がします。41話や46話はワタルかわええ〜と特に繰り返し録画ビデオ観てましたねえ(萌えの芽生え)。
『小助さま 力丸さま』 1988年 監督・作監 / 『Pink』 1990年 監督・作監
鳥山明さん関連の2作品ですね。『Pink』はレンタルが置いてあったので中学の頃借りて観ました。
「神志那:『Pink』は水がお金よりも大事という世界観だったので、コカ・コーラの工場に見学に行ったんです。そこで瓶コーラを試飲したんですが、芦田さんがやっぱりコーラは瓶に限るなって」「でも、芦田さんが普段コーラ飲んでる姿って見たことないよね」「神志那:会社では(100?)グラム2000円の高級茶を飲んでましたよ。社員は安い茶葉だったけど(笑)」
『タカマル』 1991年 監督・キャラクターデザイン・総作監
オリジナル作品ということで、社内会議を開いてアイディアを出しあったとのこと。「ろくなアイディアは出なかったけど(笑)」
「吉松:失礼な話だけど、今更芦田さんのキャラクターを描くのはな〜とちょっと抵抗がありましたね」「小黒:(サイバーで)吉松イズムが確立されていたと。芦田さん以外のライブのキャラデザイナーが活躍しだした時期ですよね。『セーラームーン』の只野(和子)さんとか『サイバー』の吉松君とか」
この辺りの芦田さんの仕事はDVD化されていないという話がありましたが、確かに。『超ワタル』もDVD-BOX出ていないですしね……。
ガリバーボーイ』 1995年 シリーズディレクター・キャラクターデザイン
TVアニメにするにあたって、ガリバーだけでは商標が下りなかったため、ボーイをくっつけたとのこと。
この辺りで時間切れになりました。この他にも何作品か話題にあがっていました。

第3部 質問コーナー

10分ほど休憩を挟んで、質問コーナーと最後の締めに。

  • 芦田さんの連載や文章をまとめた本の出版や回顧展を地方でも開催して欲しい、との要望。

OUTの連載コーナーをまとめたものは過去に増刊で出ているそうですが、その復刻というのは難しいだろうとのこと。いずれか仕事をまとめた本が出たらいいよねぐらいの感じで話は終わった気がします。「小黒:回顧展の図録は良かったですよ」「神志那:図録は売れ行きに驚きました。芦田さんのパワーを甘くみてましたね」 欲しい人に行き渡らなかったのは残念ですが、開始前はむしろ余ることを心配されていたようですし、刷る部数を読むのは難しかったろうなあと思います。2500円×2000部だと、刷るだけでも結構なお値段……。
「神志那:回顧展については、お葬式を2回はやりたくないんですよね。なので、回顧展としてはこの1回限りです。スタッフはみんな仕事のある中でやっていて交通費も自費だし、あれをもう一度というのは正直厳しいところです」 想像だけでも大変さが伝わってくるので、実際の労苦はかなりのものだったのだと思います。神志那さんも放送中の監督作を抱えているのに、結構な頻度で会場にいらしていたようですし。本当に芦田さんを慕ってないとやり遂げられなかったことだろうな、と。内容だって、作品展示のみでも回顧展という体裁にはなるだろうに、ああやって様々な企画もやってくれて……。「神志那:ただ、芦田さんの作品はライブだけでも300点あるし、サンライズにも300点、他に散らばっているのも合わせると全部で700点ぐらいあると思うんです。回顧展で展示出来たのはほんの一部なので、もっと大きな会場の展示会という形でならいずれあると思います。主催してくれるところがあれば、ライブは全面協力します」

  • 様々な未発表企画について日の目をみるような機会はないのでしょうか?との質問。

「神志那:回顧展に展示されていた未発表企画は正式に企画書としてあがっているものなので、本当は簡単に見せられるものではないんですよ。でも芦田さんの息子さんがあの企画を気に入っていて皆に観て貰いたい、と。未発表の企画は色々権利関係があるので、一つ一つ確認を取らないければいけないので難しいんですよね」「『ビーストガンナー』とかもパイロットフィルムまで出来上がったけどボツになっちゃったよね。結構面白かったのに」「神志那:もしかしたら『ビーストガンナー』ならサンライズの許可が貰えれば、流すことは出来るかもしれないですね」 らでぃっく2にも設定が載っていますね。スニーカー文庫からも芦田さんが表紙を描いた小説が出ていました。後書きにも諸事情でアニメはお蔵入りになってしまったと書かれていたかと。ここで出た話かはっきり覚えていないんですが、敵にハニワメカだかがいたそうですが、ハニワといいつつどう見ても土偶な感じだったとのこと。「ハニワと土偶の違いが分かってなかったよね」 なるほど、超ワタルで“はにわぁまん”がハニワではなく土偶だったのは、芦田さんの仕業だったのですね……(笑)。
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  • ヴァンガードの作品が展示に選ばれたのは深い理由があるんですか?との質問。

「神志那:深い理由と言われると困るんですが、どうしてもサンライズ作品が中心の展示になってしまうので、後期の作品の代表として、完成度も高いし、とみなが(まり)さんが参加されている作品でもあるし、という感じで選びました」

  • 芦田さんは激怒するようなことはあったんですか?との質問。

芦田さんは怒るというより注意するという感じで、御三方とも激怒している姿は見たことがないとのこと。怒られる時はいつも使っている喫茶店とは別の喫茶店に呼び出されていたのだとか。「神志那:気を遣って、回りくどく遠まわし遠まわしに言うので、結局何を言いたいのか伝わり辛いこともありました」「わたなべ:喫茶店を出ると、結局何を怒られたんだろう?って(笑) でも、10年20年経って、あれはこういうことが言いたかったのかと、ふと気付いたりするんですよね」
吉松さん
ここからは、出演者の締めの言葉です。
「吉松:何かにも書いたと思うんだけど(アニメディアの追悼記事ですね)、新しい作品をやるとその度に連絡をくれたのが嬉しかったんですよね」 スミマセン、他が思い出せません。
大徳さん
芦田さんはサービス精神旺盛だったゆえに、内に秘めている作家性を抑えている部分があったのではないか、もっと芦田さんの作家性が強く出た作品を作って貰いたかった、と。
わたなべさん
「わたなべ:芦田さんはぎゅっと濃縮した人生を“生きた”人だと思います」 新しい作品をやると観たよと連絡くれた、芦田さんに会って人生変わった、芦田さんの未発表企画もライブの皆で形にしていってほしい、というようなことをおっしゃっていました。
「わたなべ:自分はライブを退社しちゃったけど。家のローンがね……会社にいると抜かれる分があるから」「吉松:ここは皆で突っ込まないと! わたなべさんて、そういうところあるよね〜」
神志那さん
「小黒:では、最後に新社長から」「神志那:今でも何で自分が社長なのか分からないけど……。でも、師匠に頼まれたら、断れないよね」
神志那さんはライブの入社試験を受けた後、連絡がないので落ちたと思い、他社を受けてそちらに内定が決まっていたとのこと。数ヵ月後にわたなべさんから合格の電話がきて、やっぱり芦田さんのところに入りたい!と内定を蹴ったのだとか。
「神志那:二人も芦田さんに会って人生が変わったと言っていましたが。回顧展で来場者に描いて貰ったメッセージカードは600枚ぐらい集まったんですが、やっぱり人生が変わったと書かれているのが沢山あって。改めてこんなにも多くの人に影響を与えていた人だったのかと思いました。芦田さんの未発表作も含めて、またライブで出来ればオリジナルの少年物をやれたらと思っています」

イベント終了後

22:30過ぎにイベントは終了。会計の列が結構時間かかるので、まあ私は最後のほうでもいいやとしばらくそのまま席でぼーっとしてました。そろそろ行こうかと腰をあげると何やら人だかりが。なんと、神志那さんがサインとイラスト描いてらっしゃる!? お疲れだろうにいいのかなあ、すごい申し訳ないような……と思いつつ、その列にしっかり並ぶ私。皆、色紙を手に持っていて用意良いです。並んでいる時にわたなべさんがいらしたので「魔探偵ロキ好きでしたー」(わたなべさんが監督だった)と少しお話させていただきました。
神志那さんに描いていただくキャラクター、ワタルも非常に捨てがたいのですが、神志那さんといえば私的には『牙』!! 『牙』なんですよ!!! というわけで、牙ファンブックを差し出しゼッドを描いていただきました。「よくこの本(ファンブック)持ってきてたね〜」 てへへ、実は回顧展の時も持参はしていましたが、そこでお願いするのもどうかと思い抑えてました。「ゼッドは目のクマが難しいなあ」と描いてくださっている中、回顧展良かったですというのと、牙毎週楽しみに観て関連商品とかもほぼ揃えてイベントも行ってましたということをお伝えしました。ほくほくしながらホテルに到着すると24:00近かったので、神志那さんがあの列をさばき終わった頃には日付が変わっていたのでは……。大変お疲れの中、本当にありがとうございました!!
翌朝6:00にホテルを出発しましたが、さっ寒い……! 実家のほうは−28度だったらしいです。全国的な寒波?
回顧展の余韻が残る中、超時間に渡って芦田さんのお話ライブのお話を色々と聞くことが出来て、とても楽しいイベントでした! ありがとうございました!! 不真面目なファンですが、これからもライブをゆるゆると応援していきたいと思います。